慎重で敏感な親がADHDの子を育てて思ったこと

私は自分がとても慎重で敏感な性格で、幼少期から何かと周りと違うと感じながら生きてきました。まるで深海に潜るように考えすぎて、浅瀬に戻って来れない感じ。
結果スローペースで物事を進めるので、どうしても周囲とギャップを感じることが多かったです。
その中で周囲に合わせようとしてとても疲れやすいです。
子育ては特に気を配ることがたくさん!
仕事と子育てで夕方は疲れ果てて下の子どもと一緒に早く就寝してしまいます。

そんな私がADHDの子を育てて気づいたことがあります。


1. 敏感な親は、子どもの特性に敏感に反応しすぎることがある

例えば、癇癪が始まると自分自身も同じように癇癪で返してしまうことがありました。
子どもの喜怒哀楽に親自身が強く影響されてしまうんです。

調子の良い時はそれでも良いのですが、子供のメンタルに敏感に反応し過ぎて冷静に対応できないことがよくありました。このままではいけないと児童家庭相談室に自ら電話し、親子間のサポートに入っていただいたこともあります。

状況を言語化して聞いていただくことで、頭のもやもやが整理され、冷静に対応できることが増えました。

子どもの成長はもちろんのこと、親子の関係が壊れないためにも、色々な福祉サービスを利用することはとても大切だと実感しています。


2. 慎重すぎると、子どもの行動を制限しすぎることもある

子どもは昔、待つことがとても苦手でした。お店でご飯が出てくるのを10分も待てず、「ご飯まだ?」と何度も言って癇癪を起こしてしまうこともありました。

自分自身が行列の店でも何時間でも待てるタイプなので理解が難しく、
ADHDと診断されるまでは「やめなさい」と言って我慢させてばかりだったように思います。

診断を受け、特性について本などで学んでからは、待つことが予想される時は、絵本を持って行ったりシール遊びをするなど、暇を作らない工夫をしたと思います。

今では、「待つのが嫌なら別の方法を考えよう」と子供自身で判断できるようになり、イライラしている姿はありません。たとえば、行きたいと言って行った人気店に行列ができていたら「ここはあきらめて別のお店にしよう」と選択するなど、自分なりの工夫でストレスを減らせるようになっています。良いか悪いかは別として待ち時間のスマホゲームも関係しているのかもしれませんが笑


3. 自分の生きづらさと重なる部分もある

私自身も子どもの頃、バレーボールの練習で友達にボールを当ててしまい、すぐに謝れず大ごとになった経験があります。

子どもに「謝りなさい」と求めがちですが、謝ることは大人でもとても難しいことだと感じます。
実際、自分に全く非がない場面でとりあえず謝るのはよくない場面もありますし。

うちの子は特に、謝るイコール負けだと思う気持ちが強いのですが、ありがとうは気楽に言えるようです。
物をなくして探してもらった場面でもしかすると日本人の多くは「ごめんね〜ありがとう」などという場面で、笑顔全開で「え!!見つけてくれたの!?嬉しい!ありがとう!!」などとよく言ってますが、欧米などでは自然なことかもしれません。
昔の自分を思い出し、それでも大丈夫だな、成長しているな、と思えるようになりました。
まずは共感して「失敗しても大丈夫」と伝える方が、子どもにとっても親にとっても安心です。


4. 敏感な親だからこそ、成長や変化に気づける

部活の大会で入賞した時に、いつもお世話になっているコーチに友達を誘ってお礼を言いに行ったようです。私はその行動にとても感動しました。

幼少期は自ら考えてお礼を言いにいくことは考えられなかったのですが、今はその時その時で状況に合った判断ができるようになったと思います。


まとめ

慎重で敏感な親は、自分の性格ゆえに子育てで迷うことも多いですが、それが逆に子どもの特性を理解する力になります。

ADHDの子育ては大変なことも多いですが、親自身の感受性を生かして、子どもの良い面を伸ばすことができると実感しています。

自分自身の性格上、色々なことを深く考え過ぎて疲れやすいため、例えば毎日の献立を考えるだけでも一苦労です。

費用が高いこともあり毎日ではありませんが、ミールキットや宅配サービスなど便利なものを頼って利用して乗り切っています。
そういった自分の話、生活を少しでも楽にする便利なサービスなども今後書いていけたらと思います。


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